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実習指導は何のためにする?     2月12日一部更新

 ここからは完全に筆者の私見です。

 筆者なりに実習指導の意義は大きく感じています。それは単にこれからの作業療法士を育て、障害を持った方に貢献していくいったものだけではなく、作業療法士としての自身を高めるために必要な体験ができる機会であると思っています。それは実習指導が自身の作業療法を学生に伝えたり、現場での治療場面を見せる機会であるため、様々な体験につながるからです。筆者の思う具体的な体験としては・・・

自身の現状の作業療法への理解の仕方、表現の仕方など現状を具体的に自覚し改善または向上できる機会である。
自分の望む作業療法や作業療法士としての在り様を気付く機会である。

 

 ①についてですが、実習指導時は自身の作業療法士としての理論や考え方を口頭もしくはノートチェックにて学生に伝えることになります。つまり実習指導の機会が自身の理論を形にする機会になるということです。しかし指導内容に対して学生が中々指理解や反映ができないと感じることがあります。そういったときは指導者側が主体的に自身も問題の原因と意識できれば学生への関わり方や指導内容の妥当性を自身で振り返ることができます。振り返りと改善を行うことができれば自身の作業療法自体のレベルアップや問題点改善にもなるので、そのまま治療場面でもこれまでより患者さんに貢献できるようになります。

 

②についてですが、自身が作業療法士として対象者にどうなってほしいのか、またそのために作業療法をどう使い、自身がどう関わっていきたいと思っているのかなど、自身が作業療法士としてどうやっていきたいのかを自身で振り返る機会になります。しかし、ここまでではまだ自身のやっていることの上辺だけしか理解できません。ここから、どうして自身がそれらを選び、やりたかったのかを自身に問いかける必要があります。行動には必ず動機があります。自身の行動の動機を理解してやれば、自身の作業療法士としての動機=のぞむ在り様がわかるかもしれません。

 

実習指導はその手間の多さや職場への直接的メリットを感じにくいことから敬遠されがちです(特に他職種との混成職場であればなおさらうでしょう)。しかし、実習指導がスムーズかつ的確になるということは作業療法士として成熟するということでもあり、普段の作業療法業務そのものがスムーズかつ的確になるということです。ある程度長期的に見てもらわなければなりませんが、患者さんへのサービスや関わり、治療効果の向上など直接患者にメリットが生じることでの算定の向上もありうるでしょう。実習と業務との両立は厳しいでしょうが、未来志向で実習指導を大事にしてもらいたいと思います。

 

 

実習指導はいつ卒業なのか?

作業療法士という観点で言ったら、研鑽の機会に終わりはない!

と言うことです。本筋は変わらずとも対象の理論、技法、対象のニードが変わり行く限り、作業療法士は研鑽し続けなけりゃいかんでしょ?年功者は新人や後輩に対し、治療場面では全然動かないくせに記録時に薄っぺらい事言ってばかりにならないよう、手本程度を示せなければならんでしょうし、経験年数分示せるものがあるとも思われているでしょうし。何度も言いますが、実習指導が上手に進めれるということは作業療法が上手に進めれるということでもあります。自身の作業療法を見つめ直す必要がある限り、また周囲に自身の伝えるべきことを示しをもって伝えるために、また作業療法士としての姿勢を示す機会としても、実習指導は安易に卒業と考えるべきではないでしょう(後輩に機会を与えたり世代交代のために身を引くことは必要でしょうが)。

 日本を代表する偉大な先輩もいまだ臨床と教育の両方に立っていますし、筆者のバイザーだったOTの先駆者的立場であった先生も定年まで学生の指導に当たっていました(22年前ですよ)。自分の元上司も管理職になっても実習を受けていることもありました。こういった方々に負けない自分でありたいと筆者は思います。また自分と同様の立場やそれ以上の方々も、非効率なことやできないことを省いたり身を引くことを正当化するのではなく、どうすれば現場や自身がそれをやっていくことができるようになるのかは考えてほしいです(だから実習指導支援ツールを作ろうとしたわけですが)。

 

 

指導者が実習指導で見せる姿の意味

これは結論から言うと、指導者~学生の関係は治療者~患者関係と同様である!と思っています実習指導のポイント③でも同様のことを述べていますが、学生はなかなか指導者の指導内容を理解したり、指導者の期待に思ったように応えてくれません。そういったときに指導者としてどのように接しているか・・・学生が置かれている状況(環境因子)、学生の個人的な側面(個人因子)を指導者として目を向けれているか?また指導者中心に考えるのではなく、学生に起こっているありのままをきちんと受け止めることで指導者として学生に与えて(しまって)いる影響を考えることで本来求められる指導者~学生関係を気付くことができるのではないでしょうか。またこの項目のここまでの文章を、指導者を治療者、学生を患者と変換して読んでいただければ筆者の言いたいことがよりわかるのではないでしょうか?

                ~以下変換文章~

「患者(学生)が置かれている状況(環境因子)、患者(学生)の個人的な側面(個人因子)を、治療者(指導者)として目を向けれているか?また治療者(指導者)中心に考えるのではなく患者(学生)に起こっているありのままをきちんと受け止めることで治療者(指導者)として患者(学生)に与えて(しまって)いる影響を考えることが出来、本来求められる治療者~患者関係(指導者~学生関係)を築くことができるのではないでしょうか。」

 最初に立ち返りますが、実習指導は誰のためのモノか?実習地や指導者の実績のためでもなく、自己満足のためでもありません。学生のためにきちんと機能し、学生の作業療法士としての将来に貢献できてこそ良い実習ができたと言えます。それは指導者の自己評価ではなく、学生や養成校が評価します。



実習中はバイザーも(実習地そのものも)学生から見られている。

 タイトルの通りです。バイザーは教える側として学生にあれこれと接していると思いますが、学生はバイザーの指導時の接し方、指導内容だけしか見えていないわけではありません。実習中のバイザーの様子のすべてが視界に入っています。それは指導場面だけではなく、バイザーが患者さんと関わっている場面も、また記録時や休憩時間中の他スタッフとの関わりの様子も見えています。特に患者さんとの関わりの場面では、患者さんへの振る舞い方、治療内容、他スタッフとの関わりの場面では、患者さんの話をする際の話し方や内容など、学生にとってはバイザーが学生に接する様子と異なる様子が見えます。

 バイザーにとってはその場の患者さんや設備など周囲の状況に応じて「臨機応変」に変えているということもありますが、それはバイザー側の理由でしかありません。学生がどう受け取るか、どう見えるかまできちんと考えてふるまう必要があります。

 また、バイザー側にも業務の負担もあり、休憩時間や記録時間にはついリラックスしてしまいます。その時に患者さんの情報交換をすることもありますが、個人的感情そのままの言い方をしてしまうこともあります。それがその場で出てしまった本音であること自体は変わりませんし、就業時間中に言って良い言い方かどうか、これから作業療法の世界に入ってくる者の前で言って良い言い方かどうか、きちんと考えなければと思います。また、残業時間で業務をこなしている時間にしゃべっている時間が長いと見えてしまう恐れがあります。プログラムの相談や患者情報共有のためといった理由

もあるでしょうが、学生に見える姿はバイザーや他OTRがそのように見える振る舞いによるのではないでしょうか?「自分たちはちゃんとやっている」「時間がない中で頑張っている」のはみんな同じです。それを理由に自身を正当化せず、いつも真摯に自信を振り返りただすことが必要でしょう。


学生への評価を書くことの意味

 学生の行動の要約を書き、特徴的な振る舞いや傾向を語り、そこから学生の人物像の仮説を立て、陥っている事の理由付けをおこない、今後の課題や目指してほしいことを語る・・・といった流れで学生評価を書くことが多いのでは?つまり、ほとんど統合と解釈やゴール設定と同じではないかと思います。そしてこの学生評価という行いは、個人を評価するということです。そして学生の作業療法士というより個人としてどう歩むかの指標となる可能性もあります。そういった気持ちで記載することをお勧めします・・・というのは「学生の為」の領域です。


           ここからは指導者にとっての領域です。                                     


 学生評価の中では「特徴的な振る舞い」「陥っている事」に対して指導者がどう向き合ってきたかを指導者が自ら記載することはあまりありませんよね?確かにここでは指導者の反省文を書くところではありませんが、かといって単に学生の責任的な書き方をすればするほど「じゃあ指導者は何やってきたんだ?」と思われる可能性もあるのでは?(少なくともレポートの整合性や深みなどから察せられるのではと思いますが)


 学生の評価は実習開始時、下手すりゃバイザー会議から始まっています。学生のケースレポートではありませんが、上記のような評価を最後に書くくらいなら中間評価以前にきちんと学生への理解を持ち、適切に対処していくことをお勧めします。学生の評価を通して指導者が評価される可能性もあると思っておきましょう。